鈴木けいぶん著:日本モーターグライダークラブ
判型210mm×210mm(A4短辺正方形)・224頁 オールカラー:税込2,983円
Airworks発行:After Motor Glider Solo Flight
大利根のJMGCで一昨年G109Bでソロに出て、今年7月6日、晴れて自家用操縦士・滑空機・動力を取得した練習生のドキュメントです。
でも、通り一遍の免許取得体験記ではありません。何かが違うんです。普通じゃないんです。でなければ、本にしたりしません。
著者、鈴木啓文さんは、1965年生まれの、電子回路設計を仕事にする普通のサラリーマンです。「普通の」を、とりあえず強調しておきたいと思います。
でも、昨年2005年の年間飛行時間は、181.5時間。自分の練習飛行が53.5時間、他の人にすり寄って飛んだ寄生(パラサイト)飛行時間が 128.0時間。仕事で小型飛行機やヘリに乗る事業用操縦士が、おおよそ年間250時間くらいといわれていますから、基本的に「週休5日」でしか飛べないアマチュアとしては、圧倒的な飛行時間ですね。
アマチュアにとっての操縦技量は、有給休暇の取得も技量の内かもしれません。だって、結局は鞍数、乗った時間、飛んだ時間、着陸した回数なんだもの。
何がそれを可能にしたのか、それは本書を読んで想像してもらうしかありませんが、いくつかラッキーな境遇であったことは確かです。会社で、「残業させるな」、「休みたいヤツは、どんどん休ませろ」、それが評価される上司だ、という人に恵まれたようなこともあったようですが、それに見合うだけ、本業の仕事をこなしていなければ、そうはならないでしょう。
けいぶんさんは、本業で多忙を極めていた何年も前に、網膜剥離を患い、航空機の操縦練習をしたくとも、練習許可証が簡単には得られない状況からスタートしました。今まで、資格取得後の航空身体検査における大臣判定は例がいくつかあったのですが、航空機操縦練習許可証から大臣判定という例はなかったのです。大臣判定練習許可証の第1号となって、練習を始めました。のっけからハンデがあったわけです。
一方で、大変なアドバンテージもありました。飛行場の対岸に住んでいるということです。週末には、真っ先に飛行場に姿を現します。
自家用車は、いざとなったらどこでも眠れる結構大きなキャンピングカー。日本中を走って、30万kmとか。
さて、けいぶんさんは昔からパソコンを使ったフライト・シミュレータ(FS)のマニアでした
。
練習飛行を始めた後、ちょうどソロに出たあとくらいから、FS仲間に向けて、The simFlight Network JPというBBSで自分の練習状況を伝え始めました。名付けて「けいぶんの見た大利根近況」です。
本家「大利根近況」は、所属するクラブ、JMGCのホームページに設けられたサイトで、'97.5.20に始まり、この初夏に100万ヒットを超えた日本のGAの代表的ポータルサイトです。その「けいぶん私家版」として書き連ねたわけです。
数多くのフライトから得た無二の体験や、大利根ならではのクラブライフは、抜群の記憶力により、愛嬌のある筆致を駆使して書き綴られました。これが面白い。面白いのみならず、練習飛行の生の声だけに、これからモーターグライダーや小型飛行機の資格を取得したいと願っている人にとって、きっと絶対的に参考になる情報が、いくつもちりばめられている感じがしました。
免許を取ったら本にするか?
「お〜い、けいぶん、実技試験に通ったら、本にしようぜ。落ちたら落ちたで、いい経験談が書けるだろう。どうだい?」
なにせ、練習生が書いたものですから、しかも気軽なweb上の文章ですから、厳然と残る印刷文字にするには、結構手を入れる必要も感じました。
しかし、1冊の書籍にするには、もう少し編集上の味付けが必要です。単なる免許取得の成功譚では、動力機の資格を望んでも、なかなか実現しない人たちの反感を得てしまうだけになるかもしれません。
そこで、本文段外の小口余白を大きく取り、そこに本文に関連する各種の情報を盛り込むことにしました。
書かれた事柄に対する、根拠となる航空法、航空法施行規則などの条文
カタナカで綴られたATCなどの、本来の英文とその意味
航空用語・語彙の説明
BBS読者からの質問とその回答
図版・写真と図版・写真説明
などです。
航空機の操縦練習、しかも実際に資格に挑戦するとなると、「お空を飛んで楽しいだろうね」といった情緒だけでは済まない世界が待っています。
「なんでこんなことまで覚えなくちゃなんないんだよ」
法や規則、運用限界等指定書、耐空性審査要領動力滑空機U、航空機燃料税法、その他にも、結構いろいろ生のデータを付けました。
また、航空機操縦の資格取得を願っても、航空用語には略号が多く、未体験の人にはきっと取っつきが悪いと思いました。しかし、「業界人」としては、その略語がいいテンポを作ってくれるような気もします。
そこで、欄外で説明したのです。分かっている人は、本文だけ読んで下さって結構です。
そもそも、本文の何が意味不明になるのか、そこがよく分かりません。そのため、某大学の新2年の航空部女子学生に、一度ゲラを読んでもらいました。グライダーのソロに出たか、そろそろか、といったクラスの人の知識で、どこまで読解可能か、です。
「TGLって?」
「タッチ・アンド・ゴーのことよ」
「タッチ・アンド・ゴーって?」
「・・・・・・」
「あっ、フルストップっていうのも分からない」
「そうかぁ、君らの機体はフルストップばかりだもんなぁ」
丸1日かけて、説明を要する語彙を抜き出しました。
「お〜い、けいぶん、宿題が一杯出たぜ。早く書いてくれよな」
図版も楽しく作りました。
そうした結果、書籍ならでは、という独自性を十分発揮できる1冊に仕上がったような気がします。 |